【品種改良学】金魚まとめ

水産学
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 どうも、あおいふなです。今回は金魚について語っていきます。

たびたび私のサイトに出てくる金魚。フナじゃないのに乗せてるのは何でとおもうかもしれませんが、それには大きな秘密があるんです。一緒に見てきましょう。

金魚の祖先はフナ

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 リュウキンやランチュウ、デメキンを見慣れている人に「金魚の祖先はフナ」と言っても簡単には信じてもらえないかもしれないでしょう。 

   しかし、事実、金魚はフナの突然変異によって生まれてきました。金魚の祖先がフナであることは染色体の数などの遺伝学上で明らかにされています。金魚の稚魚を見ると体色は黒色をしており、鰭も長くなく色や形ともにフナとよく似ていますね。

発祥の地は中国

金魚の原種は、約1500年前に発見されており、場所は中国のせつ江省と江西省です。当時の文献には「湖中に赤鱗魚の有るを見る」とあり、赤い鱗の魚。これが突然変異によって生まれた赤いフナ、ヒブナでになります。その後、このヒブナを原種として様々な金魚は生み出されました。

 本格的な飼育が始まったのは10世紀後半からの宋時代。このころから品種改良も盛んに行われるようになり、明時代の16世紀には、陶器の容器による飼育も始まるようになりました。さらに、品種改良がすすみ、同時期に国外にも金魚が伝わっていきました。

日本へ渡来

 日本へ金魚が伝わったのは16世紀初頭、室町時代の末期と言われ、当時の貿易校であった堺に中国からもたらされました。しかし、時代は戦国。渡来してきた金魚も戦乱の中絶滅してしまったといわれています。

 再び中国から持ち込まれたのは江戸時代。17世紀後半には養殖業者も現れ始めた。当時、金魚は贅沢品であり、手に入れられるのは富豪や武家階級のごく一部の人だけだったと言われています。一般の民衆にも金魚が飼われるようになったのは18世紀からであり、19世紀には金魚鉢も売られるようになり、夏の風物詩として知れ渡るようになりました。

現在の金魚

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明治時代、大正時代、昭和時代の戦前も金魚の養殖が盛んに行われていった。第2次世界大戦中にいくつかの品種が絶滅したが、現在、それらの復元に取り組んでいる研究化もいます。

 水槽などの飼育容器の進歩、中国金魚の輸入により、近年、金魚の人気は高まっています。日本で見られる金魚の種類も30品種を超える程である。1500年前に発見された赤いフナは人の手で進化を続けている。

金魚の体型の分類

  金魚は祖先であるフナとは似ても似つかぬ品種は数多く存在する。それは、金魚の遺伝子は不安定で、突然変異を起こすからである。突如生まれた変わった体型や色彩の金魚を千年以上にわたり固定化されたのである。
  現在、金魚には多くの品種があるが、体型から3つに分類できる。ワキン型、リュウキン型、ランチュウ型のである。

ワキン型

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  ワキン型の金魚には、朱文金、コメット、山形金魚などがある。体型はどれも流線型であり、フナに近い金魚である。他の型と比べて泳ぎも上手である。

  金魚はフナに近いほど丈夫と言われており、ワキン型はとても丈夫。しかも成長しやすいのが特徴的。ワキン型は初心者にも飼いやすい金魚である。

リュウキン型

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  金魚といえば、多くの人がこの形を想像するのではないだろうか。出目金、土佐金、東錦など金魚らしい金魚の品種である。体型はワキン型と比べて胴体が詰まり丸く膨らんでいるのが特徴である。胴体は円くなっている方がよいとされ、流金を横から見ると殆ど円形になっているのが分かる。

 また、リュウキン型は長い尾鰭も見所である。これは、丸い体で泳ぐ際のバランスをとるために長くなったと考えられている。流金型の金魚は横から鑑賞すると尾鰭がよく見える。

ランチュウ型

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  ランチュウ型の特徴は、背鰭がなく、胴体が筒型である。背中が重要なポイントとなるので、上から鑑賞した方がよいとされる。この型の金魚には頂点眼、南金、水泡眼などが含まれる。

  ランチュウ型は背鰭がない上に各鰭が短いため、上手に泳ぐことができない。しかし、その泳ぎ方が愛らしく思う人が多いらしい。実際に飼うと難しい品種が多いのも特徴。体型故に餌を満足に取れず体調を崩すことが多い上、性質が気難しいといわれる。

最後に

いかがでしたでしょうか、金魚は奥が深いので、今後も追求していきたいとおもいます。

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